表現者の掟 ガンズ・アンド・ローゼズの “GET IN THE RING”を聴いて思ったこと。

表現者の掟 ガンズ・アンド・ローゼズの “GET IN THE RING”を聴いて思ったこと。

車内で流れていたFMラジオに耳をとられた。

ラジオというものは便利なもので運転や移動をしながら、ニュースや天気、音楽、地域のお知らせなど、さまざまなカテゴリーの情報を自動的に耳に届けてくれる。その日の番組に寄せられているメールの内容から察して、リスナーを取り巻く「怒り」や「不満」がメッセージテーマのようだ。

それらをモチーフとした小文の対象は「親が」「職場の上司が」「旦那が」と、さまざまである。共感を得るエピソードがひと段落したときにかかったこの曲は、群衆のフラストレーションを、放送禁止用語まじりのロックンロールにのせて、声高らかに歌い上げた。

米国のロックバンド、ガンズ・アンド・ローゼズが、1991年に発表した2ndアルバム
「Use Your Illusion II」に収録された”GET IN THE RING”という楽曲は、ファンの間では何かと話題の多い曲だ。

衝動的で、粗削りで、パンキッシュなナンバーは、彼らの言葉を借りるならば”アティテュード(生意気さ)”と、パッションに溢れている。同バンドの大作でもある”November Rain”や”Estranged”といった、丹念なスケッチを基に練り上げられたものとは対極にあるようなこの曲は、シングル曲でもなければ、来日公演のときに必ず演奏されるといったわけでもない。よって一般のリスナーの馴染みは薄く、ただの”アルバムの中の一曲”的なポジションというのが世の評価ではないだろうか。

しかし、そのイメージに対する決定的な差は、アクセル・ローズ(Vo)の身辺雑記のような歌詞に触れたかどうかであり、歌詞を読んだ当時のピュアな私はというと、強烈な印象を刻まれている。

「そう、おまえのことだぜ

(記者の実名)

オレにケンカを売ろうってのか?

リングに上がれよ」

http://www.suicideshift.info/discography/lyrics/gitr.html

バンドのスキャンダルを切り取って、ギャランティーを稼ぐジャーナリストたちを「実名」で罵った歌詞は前代未聞であった。かといって、蛇行を続けるアクセル・ローズのモノローグは、ただのネガティブな発言集というわけではない。

頑張ってカネを稼いだキッズが

気になるバンドについての記事を読むために雑誌を買ってるのに

ウソばかり印刷して騒動を起こす

オレにケンカを売ろうってのか?

上等だぜ、リングに上がれよ

http://www.suicideshift.info/discography/lyrics/gitr.html

といったリスナーへ向けられたメッセージにより、リリックとしての体裁は保たれている。

ちなみに楽曲の全体像としては、音質は良いものの粗削り。ライブ然とした一発録りのような風合いがまことしやかに構成されている。そのスキだらけのサウンドメイクは、歌詞へのイマジネーションを掻き立てる大事な要因となっており、ラフなエンディングも含めて、荒い故の勢いと説得力というものがある。そして、これがロックンロールだということを、若かった私は叩き込まれた。


そんな同アルバムの発表後、バンド解散の危機を匂わせる記事が多くなる。

それは、アクセル・ローズのワンマン的な自己主張により、メンバーたちの間に大きな亀裂をが生まれているといった内容であり、バンドの成功と、彼らのジャーナリズム批判に対する嫉みの類を思わせた。

しかしながらアクセル以外のメンバーが離脱していったという事実は、その記事を確かなものとしている。2000年代のアクセル主導期には、彼以外のメンバー総入れ替えとなってしまったが、久しぶりの来日を果たした。

ただ、大掛かりなコピーバンドとなってしまったサマーソニックでのステージは、ファンとしては「観なかったこと」にしたい。もしかすると”GET IN THE RING”を書いていた頃には、彼の怒りの矛先はジャーナリズムではなくメンバーに向かいつつあったのかもしれない。楽曲の荒々しさはバンド内のザラつきを表していたのではないか、今となってはそんな見方もできる。

その後、随分と待たされた2017年に、アクセル、スラッシュ(Gt)、ダフ(Ba)のオリジナルメンバー3人を含む来日公演が実現し、バンドは多少良い方向に向かっていると言えそうだ。それ故に、各誌でメンバーの不仲説を取り沙汰されていた1990年代のスリリングで破壊的な同曲は、ロックバンドの作品としては上々の仕上がりではないかと私は思う。

ただしそのリリックについては、カリスマ性をもったアーティストが書くからこそ音楽として成立するものである。繋がれるツールが溢れている現代において、そこは反面教師として受けとめた。

世に公開される歌詞や文章は、綺麗事ではない本音が書かれていることが望ましく、そちらの方が感動と共感を生みやすい傾向にあるのは事実だ。だが、その本音を晒すのにはそれなりの覚悟なり熟考を要する。

すなわち、私たちがネット社会において思想を共有する相手は一人ではないということを念頭にして書く必要があり、正義の反対は悪ではなく、もう一つの正義が存在するということを忘れてはならない。

車中でそんなことを思った。

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