沖縄音楽とJ-POPの架け橋"THE BOOM”の3rdアルバム「ジャパネスカ」から「島唄」ができるまで。

沖縄音楽とJ-POPの架け橋"THE BOOM”の3rdアルバム「ジャパネスカ」から「島唄」ができるまで。

昨秋打ち出されたGOTOキャンペーンでは、日本各地の観光地へと足を伸ばす人が増えた。海外への渡航が制限されている中で、異国のような質感や食文化、豊かな自然、歴史的な散策を一挙に楽しめる沖縄の地を訪れたという人は少なくないだろう。人気の観光地は、島の大小を問わず癒しを求める人たちで賑わいをみせている。そんな特異な地域で、とりわけ私たちの普段の生活の中で馴染みのあるものといえば、沖縄の音楽ではないだろうか。

独自の文化下にある琉球音階は、あるヒット曲によって私たち”内地”の人々と沖縄の距離をグッと縮めた。未知のものと、日本人の根底にあるものを組み合わせたTHE BOOMの”島唄”は、J-POPと沖縄音楽の”架け橋”となったと言うに相応しい。


1980年代、第二次バンドブームの「ホコ天」での活動を積み重ねて表舞台に出てきたTHE BOOMは、前述した「島唄」をはじめ、「星のラブレター」 や「風になりたい」など、日本人の琴線に触れる歌詞と、宮沢和史の顔面全体を使って表現するソウルフルな歌声が評価され、J-POPシーンの第一線で活躍するバンドとなった。「島唄」のヒットから沖縄の出身かと思わせるが、そうではない。

そんな彼らが、世界各国の音楽カルチャーを吸収し沖縄音楽に辿り着いた経緯を、3rdアルバム「ジャパネスカ」から読みとってみた。


「ジャパネスカ」が発表された1990年当時には、現代のJ-POPのスタイルというものは確立されていた。ヒット曲の定義というものが、私たちリスナー側にも定着しつつある頃合いである。

そこに投入された THE BOOM の3rdアルバムは、イントロから琉球音階のジャブがジワりと効く。ロックなビートにのったウォーキングベースが、痛快で奇天烈な歌詞を耳元まで運び、沖縄音楽特有の「ヘーシ(囃子)」は楽曲を更に盛り上げ、潮風のごとく颯爽と吹き抜けた。

そんな「100万つぶの涙」は、ホコ天あがりの尖ったロックバンドの枠には留まらない”新しいTHE BOOM”を体現している。

2曲目からは、アップテンポなナンバーが続く。「過食症の君と拒食症の僕」の軽快でアッパーな曲調からは、パンクのエッセンスを感じ、バンジョーやヴァイオリンなど多様な楽器が、ケルト音楽からのインスパイアを色濃く匂わせる。後に日本にも到来する”アイリッシュパンク”の先がけのような楽曲が目新しい。

そして、シングル曲でもある「逆立ちすれば答えがわかる」は、ホーン隊を巻き込んだ、勢いのあるスカサウンド。こちらも前曲同様、後の”スカパンク”のムーブメントを想起させる。聴衆を”アジテート”する煽りなど、時代を先取りした要素が多く、発表から30年経過したいま聞いても遜色ない。もう一つのシングル曲「中央線」は、1989年のヒット曲「星のラブレター」を思わせる宮沢和史のロマンチックな世界観が綴られている。

彼の故郷と大都会をつなぐ「夜汽車」ならぬ「夜電車」は、THE BOOM を次のステージへと運び、リスナーにも新しい景色を見せてくれたのではないだろうか。

「川の流れは」からは、エキゾチックなメロディにのった妖艶な声色が登場。かと思うと「夜道」と「ウキウキルーキー」では、破天荒なキャラクターを演じている。宮沢和史は歌い手としての才能だけではなく、曲ごとの主人公を演じる役者としても、一流を感じさせた。

優しいピアノの音色にリードされる「からたち野道」は、後の代表作”島唄”の片鱗を魅せる。琉球音階の美しくも力強い歌唱と、三線の主旋に耳を奪われていると、間奏パートでは琴のソロとスカのバッキングといった異例の組合せが心地よく舞い込んでくる。そして、拍子のアクセントとして用いられた鈴の音からは、楽曲の雰囲気をワンランク上げるセンスが光っていた。THE BOOMの演奏するそれは、未知のものと日本人の根っ子の部分を巧くミックスさせた独自のミクスチャーサウンドと言えるだろう。


情景豊かに言葉を紡ぐ歌声は、沖縄音楽へのリスペクトを強く感じさせた。和製ミクスチャーというコンセプトを体現したような「ジャパネスカ」は、後に「島唄」へと昇華され、世界中の人々に愛されている。

THE BOOM は解散してしまったが、宮沢和史の音楽家としての活動は続く。愛する沖縄音楽の保存と継承を担い、さらには三線の原材料である琉球黒檀の植樹活動も行っているという。

日本を代表する歌は、愛に満ちた歌い手により作られたのだと確信した。

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