詩やシナリオの朗読、はたまたダンスとのコラボレーションなど、意欲的でなおかつ一筋縄ではいかない活動で異彩を放つドラマーの定岡弘将。
先鋭的な活動についつい耳目が行きがちだが、彼の根底には計り知れない、胸ぐらを鷲掴みにするような迸るジャズへの愛が詰まっている。
その熱情をぶつける彼のリーダーバンドが「Radical Jazz Standard Quartet」だ。
バンド初のアルバムはその実態が克明に伝わるライブアルバムとなったが、神戸の稀有なライブハウス「Big Apple」で本作が録音された2019年11月13日、筆者は現地にいた。
今年に入ってからは件のウィルスに日常の感覚がすっかり狂わされたまま、その時の演奏の熱気や音像などの鮮明な記憶が薄れかけて迎えた晩夏に、ついにパッケージされた昨年の一部始終。今となっては(現状は)欲しても返ってこない平穏な日々の端々の記憶と共に蘇る、あの日の時間。

「Radical Jazz Standard Quartet」は定岡がフリーミュージックシーンで活躍する森定道広(ベース)とあえてスタンダードジャズを演奏し、形に残したいという想いからスタートしている。
森定のベースが触媒となって、當村邦明(テナーサックス)と藤川幸恵(ピアノ)の演奏に独特の緊張感が生まれ、思わぬ展開が巻き起こる。
定岡がその展開の流れの中で感覚を研ぎ澄まし、それぞれの演者が見せる表情に合わせて、スティックを踊らせる。その化学反応で起こる音塊から、定岡の楽曲に対する深い愛情と尊敬の鋭い眼差しを感じる。
収録曲は1曲目の森定のオリジナル、“A girl is crying”以外はまさにジャズスタンダード中のスタンダードと言える、“Confirmation”や“Summertime”、“Bille’s Bounce”、“Moritat”といった曲が並ぶ。
そのどれもが音の隅々まで抜かりなく世界観が徹底しており、ライブならではの緊張感も満遍なく収録されている。
特に“How Long has this been going on?”での當村のサックスによる“語り”には生々しい艶があり、音の取捨選択をストイックにおこなっていくリズムセクションの演奏も官能的だ。
そうだ、あの日も演奏者の息吹を肌で感じ、彼らの表現したい想いを想像しながら、噛み締めながら私は聴いていた。
そして確かにそこには、ジャズへの愛情がヒリヒリするほど渦巻いていたのだ。
購入情報
Amazon、ディスクユニオン、または定岡弘将のBandcamp(Hiromasa Sadaoka)などで発売中。