熊谷ヤスマサ。

日本のジャズシーンをつぶさに追いかけているリスナーの方なら、このピアニストの名前を知っている方は多いと思うが、ざっと経歴を紹介する。
幼少期からピアノに親しみ、1998年に高校卒業後、アメリカのバークリー音楽院へ留学。卒業後も2003年までニューヨークで精力的に活動。ケンドリック・スコットやジャリール・ショウといった現代の最前線のミュージシャン達と交流。
ロバート・グラスパーにも指導を受け、伝統的なジャズから今に息づくサウンドまで様々な要素を吸収してきた。
帰国後もライブシーンでの活躍はもちろん、4枚のリーダー作品をリリース。
またYoutubeやブログでも日々発信を続け、常に注目を集めている。その熊谷が自身のリーダー作としては5年ぶり、しかも初のホーン奏者を入れて発表したのが今回紹介する『Last Resort』だ。

およそジャズアルバムらしからぬジャケットに筆者は思わず後ずさりしてしまったが、このジャケットが良いギャップになって、肝心の中身の洗練された演奏、楽曲のインパクトは返って大きい。もしこれが想定されていたのなら恐れ入る。
熊谷が自身のアルバムに初のホーンを入れる上で共演者として選んだのはトランペッターの広瀬未来。
熊谷とはニューヨーク在住時代に親交を深め、現在も互いのバンドに参加するなど交流を続けている。
もしアルバムにホーンを入れるなら、広瀬未来!という熊谷の明確な構想のもと、彼の自作曲6曲を含む全8曲は随所に広瀬の得意とするラテンテイストが散りばめられている。
熊谷とリズムセクションを形成する古木佳祐(ベース)と山田玲(ドラムス)は江古田の「そるとぴーなつ」などで長年共に演奏してきた鉄壁のトリオ。
熊谷の想い描くサウンドを即座に理解し、その世界観をさらに明確に具現化する。このトリオを長年ライブで聴いてきたリスナーにとっても今回のアルバムは感慨深いものになるのではないだろうか。
瞬発力のあるドラミングが真っ先に耳に飛び込んでくる“Conflict Areas”は終始山田のタイトなドラムがリードし、それに乗って広瀬のトランペットも徐々に熱を帯びていく。対する熊谷と古木は対照的にクールにサウンドをまとめ上げる。
広瀬の語りかけるようなトランペットに導かれ、熊谷が無駄のない色彩をつけていき、古木が美しいベースの音を響かせる“Dough”など各メンバーの演奏の旨味が随所に効いているのも、リーダーである熊谷の高いトータルプロデュース能力の賜物だろう。
ラスト2曲の“Quizás Quizás Quizás”、“Caravan”で畳みかけるように濃厚なラテンのエッセンスを注ぎ込む。まるで彼らのライブを実際に聴いて、大いに盛り上がり、アンコールを迎えるかのような高揚感に満たされて締め括られるのも爽快だ。
“Last Resort”=“最終手段”とは言うものの、我々はこれからも熊谷の様々な“手段”に期待している。